福島県立安積高等学校放送委員会のweb部誌です。放送や映像に興味のある方来いらっしゃい。HPもあるよ。
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大地震とその後の状況
2011年3月11日午後2時46分、M9.0という巨大地震が発生。

その時の安積高校は授業の真っ最中でした。そろそろ6時間目も終了に近づいたそのとき、教室内で聞き慣れないブザーがあちこちで鳴り響きました。そして、それが緊急地震速報のエリアメールと判明した直後からやや強い揺れが起き、数秒後に強く揺れ出しました。机の下に体を隠しましたが、あまりの強い揺れで手で掴み押さえていた机も滑るように激しく振動し、ノートや教科書が瞬く間に散乱。数十秒続き、最後にはとどめの一発と言わんばかりの激しい横揺れであらゆる物が倒れる音がし、教室にあった壁掛けの時計が落下し、ガラスが割れました。幸い、先生は怪我をせずにすみました。

地震が終わると、すぐに放送が入り、避難の指示が。ほかのクラスや、部室、ありとあらゆる場所が凄惨な状況でした。昇降口の下駄箱は重ねるように倒れ、靴が散乱し、渡り廊下ではシャッターがぐにゃりと曲がり、信じられない光景で唖然としてしまいました。また、第二体育館にもひびが入ったとの話も流れ、背筋が凍りつく思いでした。生徒、教員は全員無事を確認。グラウンドで待機していた時にも、大きな余震が幾度となく起き、携帯電話も不通状態に。14日月曜日に予定されていた合格発表も登校禁止の通達が出され、小一時間ほど待機したところでようやく校舎に入ることを許可され、急いで帰宅準備をしました。

校舎に戻り、改めて見回すとロッカーこそ倒れずにすんだもの、どの教室も散らばりようがひどかったです。放送室に向かうと、やはり本が崩れ落ち、スタジオのカセットやテレビ、そしてPCも無残に倒れていました。気を取り直して校内放送の機器をチェックすると、無事に作動したので、被災情報収集のために全校放送でラジオを流しました。そこで流れたのは、宮城県で津波が街を飲み込んだ、というニュースでした。いよいよ被害の内容が刻一刻と伝えられるうちに、この地震は甚大なものなのだと痛感させられました。

第一体育館は、電車通学などですぐに帰宅できない人の為の待機スペースとなり、大勢の人が集まりました。
私は自転車通学なのでそのまま帰宅。お寺の墓石が倒れたり、民家のブロック塀が根こそぎ横倒しになっていたり、屋根瓦が破損、崩落していたりと、郡山は一変して震災都市となってしまいました。

私が住んでいる地区では、ガス、電気は無事ですが、水道は大幅な取水制限により、ほぼ断水状態。電話もほとんどつながりません。また、安積高校のHPにもアクセスできず、今現在どのような状況なのかは分かっていません。今後の登校日もまだ分からず、という状態です。

いろいろな所であたたかい支援の手が差し伸べられており、本当に感謝しています。ありがとうございます。

そして、最後になりましたが、この巨大地震で犠牲になった方に、心からお悔やみを申し上げます。

合掌
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